相沢みなみ(あいざわ みなみ)

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アイデアポケット「アイポケ」というメーカー名を聞いて最初に顔が浮かぶ女優は誰ですか?と聞けば、かなりの確率で今でもみなみちゃんの名前が出てくるんじゃないかと思います。

相沢みなみちゃん。2016年から2023年まで約7年間活動し、FANZAアダルトアワードのグランプリも取った人です。でもこの人、経歴を掘れば掘るほど「設定じゃなくて全部本当の話だったんだ」という発見が出てきて、そこが面白いんですよね。
帰国子女でお嬢様で現役大学生でデビュー、という要素がぜんぶ実話なので、どこかほかの女優さんとは違う地に足のついた質感があったんだと思います。

目次

    相沢みなみプロフィール

    AV女優名 相沢みなみ
    ふりがな あいざわみなみ
    別活動名義 Minami / pixeL(DJ)
    生年月日 1996年6月14日(29歳)
    血液型 A型
    出身 東京
    出生地など イギリス領香港?・小学低学年までアメリカ在住の帰国子女
    身長とスリーサイズ 身長155cm
    バスト80cm (Cカップ) ウエスト54cm ヒップ82cm
    趣味 ランニング/お菓子作り
    所属 E-point(44グループ)⇒ Apricity(44グループ) 現役時アイデアポケット専属
    SNSなど関連リンク @epoint2016 PIXY FANZAニュース:「19歳のエロ美少女」からの5年間の軌跡!FANZAアダルトアワード最優秀女優が赤裸々トーク!相沢みなみデビュー5周年記念インタビュー前編 相沢みなみがナンバーワンAV女優に 挫折振り返り大号泣 | 東スポWEB
    活動期間 2016年〜2023年(約7年)
    受賞歴 FANZAアダルトアワード2019 最優秀女優賞

    「地味な人間になるのが嫌だった」 —— 帰国子女×お嬢様×現役大学生デビュー

    改めて見てみても....どう考えてもAV女優とは縁のなさそうな環境です。

    幼いころを香港・アメリカで過ごした帰国子女で、英語は日常会話程度なら問題なくこなせるレベル。小学校低学年で日本に移ってきてからも門限は小学生のうちは16時、高校でようやく19時という、なかなか厳格な家庭環境で育ちました(どんな高校時代だったんだろうとは思う..)。

    勉強面でも真面目で大学もきちんと有名私立へ進学しています。趣味はアクセサリー作りで、既製品のパーツを分解して組み替えるのが好きだと語っており、自分のことを「理系脳」と言っていたりします。

    そんなみなみちゃんが転機を迎えたのは大学1年生のとき。渋谷でスカウトされましたが、最初はAV業界への不安や怪しさ、そして親バレへの恐怖もあって1年以上にわたって断り続けました。雑誌のスナップモデルなどはすでに経験があったので、スカウト自体は珍しいことではなかったようですが、AV業界となると話は別だったわけです。

    それでも最終的に首を縦に振ったのは「このまま地味な人間になるのが嫌だ」という自己変革への気持ちと、1年越しで粘り続けたスカウトマンの熱量に「人間としての面白さ」を感じたから、というのが本人の言葉です。
    敷かれたレールの上を走り続けることへのちょっとした反発心みたいなものがあったのかもしれません。

    「相沢」はある人の名前だった —— 芸名の由来と恩人の話

    相沢みなみちゃんを語るうえで、これは外せない話です。

    「相沢みなみ」の「相沢」という苗字は、彼女をスカウトした事務所・E-pointの社長の苗字からそのままもらったものです。1年以上かけて口説いてくれた恩人の名前を自分の芸名に刻んでいたということになります(いい話が出てきてしまった)。

    「みなみ」の由来は明確に語られている情報が見当たらないのですが、苗字の方にこれだけの意味があったということは知っておいて損はないと思います。

    売れない日々と「すぐやめなくてよかった」

    2016年9月、「19歳のエロ美少女」のキャッチフレーズでアイデアポケット専属としてデビューしたみなみちゃん。ただし最初のスタートはかなり特殊な形でした。

    親バレ防止のため撮影は21時まで、メディア露出は極力なし。という「パブ禁」状態でのひっそりとしたデビューです。おかげで最初は思うように人気が出ず一時は契約が切れそうになった時期もあったといいます。本人も「最初に決まっていた本数だけ出て辞めるつもりだった」と後に振り返っています。

    そのパブ禁が一気に解除されたのが2017年初頭の「親バレ事件」です。高校時代の親友が母親に電話で全部話してしまったという...なかなか衝撃的な経緯でした。親からは猛反対を受けましたが逆に高校の友人たちからはネガティブな反応がまったくなかったというのも興味深い話で、世代によって受け止め方がずいぶん違うんだなと感じます。
    以降はパブを解禁して積極的に表に出る方針に切り替え大学卒業後はAV女優の活動に専念していくことになります。

    「すぐやめなくてよかった」とみなみちゃんが語るのは活動初期のDVD発売イベントで初めてファンと直接会った経験からです。「会いに来たよ」と言って来てくれる人たちの顔を見て、そこで初めて「楽しい!」と感じたと言っています。
    Twitter(現X)などSNS上のやり取りだけでは「本当に自分のことを応援してくれているのか実感がなかった」というのが正直なところだったようで、その出会いがその後の仕事への姿勢を変えた転機だったようです。

    FANZAアワード2019 最優秀女優賞 —— 2年間関係者席から見ていた人が頂点へ

    みなみちゃんのキャリアの中でも、ひとつの大きな山がここです。

    2019年5月、FANZAアダルトアワード2019にて最優秀女優賞を受賞。デビュー3年目にして初ノミネートでのグランプリ受賞です。

    ノミネートが決まった時みなみちゃんは電車の中でした。社長から連絡が来たけれど、電車の中では泣けないからと駅に着くまでこらえてこらえて、降りた瞬間に涙があふれ出たというエピソードがあります。そのまま2人で電話しながら泣いた、というのが当時の話です(いい話..)。

    みなみちゃんは前年・前々年のアワードを「2年続けて関係者席から観客として眺めていた」んです。上から舞台を見ながら「あそこに自分が立てることはないかもしれない」と思いつつ、他の女優さんをひとりのファンとして楽しんで見ていたと言っています。
    それが3年目に自分がステージに立つ側になったわけで授賞式当日の号泣スピーチは当然の結果だったかもしれません。

    実はこのノミネート期間中、社長はすでに白血病で入院中でした。病室から自分のLINE友達1000人以上に投票を呼びかけ、そのつながりがさらに広がって、という状況の中で票を集めていました。そのことを知ってから授賞式当日の号泣スピーチを見ると少し重みが変わってくる気がします。

    喪失と失速、そしてファンの声 —— 社長の死がもたらしたもの

    受賞から数か月後の2019年9月、社長が白血病により37歳の若さで亡くなりました。

    みなみちゃんにとっては業界に誘ってくれた人であり、芸名の「相沢」を与えてくれた人でもあります。本人は「心にぽっかり穴が空いてしまったみたいになった」と語っており、毎日続けていた筋トレや食事管理もすべてやめてしまい、体重が36kgまで落ちてしまったといいます。「もうこの仕事辞めよう」と本気で思っていた時期があったことも5周年インタビューで明かされています。

    そこから少しずつ持ち直せたのはやはりファンの存在でした。「必要としてくれている人がいる」という実感がみなみちゃんを引き戻したということになります。コロナ禍も重なったこの時期はさらに気持ちの整理がつきにくかったと思いますが復帰後に初めて挑んだ本格的な痴女作品がヒットしたのは何かが切り替わったからなのかもしれません。

    「みにゃ」の素顔 —— 激辛とお菓子作りと時間厳守

    みなみちゃんの愛称は「みにゃ」です。ファンへの対応は業界でも「神対応」と言われることが多くXへのリプライをこまめにするだけでなくイベントでは手作りのお菓子を持参して渡すなど自分でできることを積み重ねてきた人です。「地道にやってきたことが数字につながったんだと思う」というのが本人の言葉で、それがあの授賞式の涙につながっているんだなと思うと納得感があります。

    性格面でいくつか印象的な話があります。まず時間厳守がポリシーで待ち合わせには最低10分前に着いていないと気がすまないタイプ。仕事でも「おはようございますから始めたいから絶対に遅刻しない」という姿勢を持っています。こういう人と仕事すると自分がルーズな人間に思えてくる気がしてしまいます

    激辛料理がかなり本気で好きでCoCo壱番屋なら10番(10辛)にさらに一味を追加するというレベルです。食べたあとは「体が浮いて飛べそうなくらい心身が軽やかになる」と語っており完全に体が慣れてしまっている感じがします(慣れるんだそれ..)。

    座右の銘は「信じるべきものは自分」。小学生のころに日本に来て言葉に苦労した経験があり、その時期に父親から言われた言葉がきっかけだと語っています。経緯を知るとこの言葉がただのキャッチコピーじゃないのがわかる気がします。

    「相沢みなみ」を脱いだ日 —— 引退と、その先

    2023年6月、みなみちゃんは台湾のイベントでAV女優としての引退を発表しました。

    引退の理由として話したのは、社長が亡くなったときに一度引退を考え、その後コロナ禍のおよそ3年間で気持ちの整理がついたこと。「社長もきっと笑顔でお疲れ様と言ってくれてる気がした」という言葉が、引退のタイミングとしてこれ以外になかった
    という感じを伝えています。人気が落ちたからではなく引退発表の直前のFANZA上半期ランキングでは7位に入っていました。

    2024年8月25日にはSNSのアカウント名を「Minami」に変更。日本語と英語の両方で発表するあたりが帰国子女らしいというか...すでに発信先が国内だけを向いていない感じがします。「何をしても元AV女優として扱われる状況にけじめをつけたかった」という言葉は後悔ではなく前に進むための宣言として読めます。「相沢みなみ」を脱いだのは、過去を捨てたのではなく、過去に縛られることをやめたということなのかもしれません。

    引退後はDJ「pixeL」名義での音楽活動や大手プロダクションの役員就任などエンターテインメント業界の文脈で活動を続けています。

    まとめ

    7年間のキャリアを振り返ると、みなみちゃんは「ひとつひとつの出来事をちゃんと受け取りながら進んできた人」という印象が残ります。

    パブ禁スタート、親バレ、契約の危機、恩人の死、長い失速期。どれもひとつずつがそれなりにしんどい出来事ですが、そのたびにファンとの関係を軸に立て直してきたという構造が一貫しています。神対応もファン感謝の涙もどこかで地続きの話だったんだと思います。

    「信じるべきものは自分」という座右の銘は、活動の経緯を知ってから読むと少し重みが変わってくるかもしれません。

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