逢沢みゆ(あいざわ みゆ)AV女優
2026年4月のFANZA月間ランキングでも4位。
デビューからおよそ2年半が経つというのに上位に居続けるのはなかなかのことです。
しかも彼女の場合は「元アイドル」という話題性だけで持っているわけではなくて S1の専属を自分から卒業してキカタン(企画単体)に転向してからも勢いが落ちていない....どころか下半期ランキングでキカタン中1位を取るなど むしろ上昇トレンドが加速している感じもある。
なんでそんなに売れ続けているのかについては後半でじっくり書きますが、まずは逢沢みゆちゃんがどんな人なのか?ここから順番に見ていきましょう。
逢沢みゆプロフィール
| AV女優名 | 逢沢みゆ |
|---|---|
| ふりがな | あいざわみゆ |
| 旧芸名 | 坂本マリア |
| 愛称 | みゆみゆ、みゆちゃん |
| 生年月日 | 2001年1月25日(25歳) |
| 身長とスリーサイズ | 身長155cm バスト90cm (Fカップ) ウエスト56cm ヒップ88cm |
| 趣味 | 料理、メイク、ファッション |
| 特技 | ダンス、人の顔を覚えること(一度しか会っていなくても覚えている) |
| 所属 | NAX 2023年12月デビュー~2024年11月頃までS1 NO.1 STYLE |
| SNSなど関連リンク | @Aizawa_miyu03 @miyumiyu_ai @miyu_aizawa note |
| キャッチフレーズ | しりオブ・ザ・イヤー(しみけん命名)、桃尻 |
| すきな女優 | 河北彩花 |
「逢沢みゆ」という名前には意味がある
芸名は自分で考えたものだそうです。
「逢」という字に「たくさんの人に出会いたい」という気持ちをこめた。2024年10月に発売した1st写真集のタイトルが「相逢(sou-ai)」なのも同じ発想で「偶然の出会い」という意味の漢語から来ています。
発売記念イベントでみゆちゃんが「この写真集を通して私を知らなかった人に出会いたいです」と話していたのを読んで なるほどなと思いました。
名前から一貫してその気持ちが通っているわけです(こういうのを聞くと応援したくなりますよね)。
アイドルになるまでは意外と成り行きだった
小学校1年生のころにハマったアイドルのアニメが出発点だそうで 小3・4年生くらいからオーディション雑誌を友達と一緒に読んでは各種オーディションに自分で履歴書を書いて応募していたとのこと。
なかなかアクティブな小学生です。
そんな中、友達が先にあるアイドルグループのオーディションに受かったものの辞退してしまって「じゃあ私も受けてみようか」とほぼライバル心だけで応募したら本当に合格してしまったのが12歳のとき(負けず嫌いの力は侮れない)。
家族は喜んでくれたそうです。
おばさんがアイドルとして活躍した経験を持つ芸能家系だったこともあって、特に父親は昔から芸能界に入れたがっていたとのこと。ただ父親はドライな性格でそういう話を本人にはしてこなかったので、みゆちゃん自身は「やりたいことを勝手にやってたら自然となれた感じ」と振り返っています。
なんというか....人生の大きな転機って案外そういうものかもしれません。
深夜レッスン。給料もなかったけど...
華やかなアイドル生活が始まった…というよりはかなりブラックな環境だったそうです。
深夜まで続くレッスンで家に帰れず翌朝そのまま学校へ行く。給与はゼロ。その分はグループのプロモーション費に回されていてテレビ出演などにはつながっていたらしいのですが...中学生にとっては相当な負荷だったと思います(今だったら普通に問題になりそうな)。
そして高校1年のころ彼氏とのツーショット画像がSNSのプライベートアカウントから流出して大炎上。みゆちゃん自身は「もう辞めたい」と申し出たものの契約の問題でクビにもしてもらえず謝罪文を書いてもう一度やり直す形になったとのこと。
ファンは目に見えて減って精神的にもかなりきつかったけれど「こんなことがあっても続けるなんて勇気づけられた」と言ってくれたファンの方もいたのが救いだったと語っています。
その後 進学を理由に全メンバーと同時に卒業という形でアイドル生活に幕を閉じることになりました。5年間でした(10代の5年は長いです)。
「今思えばメンタルはめちゃくちゃ鍛えられましたしこんな経験はしようと思ってもできませんから」とインタビューで話しているのですが、それが言えるようになるまでには時間がかかったんだろうな…という気もします。
保育士になったのに辞めたのは コロナ禍の上司に直接LINEしたから
アイドル卒業後は専門学校で保育士の資格を取得し2年間実際に現場で働いていたそうです。アイドル以外になりたい職業として保育士があって その夢も叶えていたわけですね。
ただ朝から晩まで働いて家にも仕事を持ち帰る日々が続く中、報われない給与水準に精神的な限界を感じていたとのこと。
さらにコロナ禍の最中 職場のトップにあたる人物が感染を隠蔽しようとしていることを知ったみゆちゃんは、そのままにしておけずLINEで直接抗議したそうです。
その後は周囲から嫌な扱いを受けるようになったものの逆に頭を下げられることになって「なんだこれ」という気持ちで退職を決めたそうです(筋が通っている)。
そんな時期に「復帰しない?」という声がかかります。
最初はアイドルとしての復帰を考えましたが過去の炎上のデジタルタトゥーがある以上それは難しいと判断。続いて「セクシー女優の道もある」と提示されたときは「いやいや絶対ありえないです」と即答で断ったそうです。家族にも「それだけはやるな」と言われていたとようです。
それが覆ったのは「人前に出ることへの未練」と「若い時期を無駄にしたくない」という気持ちがどうしても消えなかったからでアダルト業界について自分で調べているうちに少しずつ興味がわいてきたとのことです。
決意してまず動いたのは 母親への説得でした。
「絶対ダメ!」と一度は反対されたものの自分がどういう思いで始めるかを一生懸命伝えて「そこまで言うなら」と了承してもらえたそうです。
今では一番の応援者になってくれているとのこと。
父親には内緒でスタートして後から知られて怒り心頭になったものの、母親が「はいはい」とスルーしてくれているらしく…いまだに直接話せていないのだとか(かなりリアルな内容です)。
エスワンを自分で選んだのには理由があった
デビュー4ヶ月前に事務所を退所して2023年12月12日にS1 NO.1 STYLEより専属デビュー。
実はエスワンを選んだのにも理由があって転身を決意してからFANZAを自分で調べ始めたとき真っ先に出てきたのがエスワンだったそうです。
そこからいろんな作品を観るうちに河北彩花さんのファンになって「出るなら絶対エスワンがいい」と決めていたのだとか。「そうしたら本当にエスワンからデビューできた」という言葉が微笑ましいです。
デビュー作はFANZA通販フロアで初登場5位を記録。デビュー3ヶ月後の誕生日(3月3日)には東京・赤坂で単独生誕イベントを開催して超満員になりました。
その後も月間ランキングで上位をキープし続け 4月のアサヒ芸能「2024現役AV女優セクシー総選挙」では総合25位でこの年の新人最上位を獲得。デビュー初年度としてはかなり好調な滑り出しだったと思います。
「王道がつまんない」と思った日に勝負を決めた
S1との専属契約は更新の意向を示されていたにもかかわらず みゆちゃんは2024年11月にキカタン(企画単体)への転向をSNSで表明します。
理由はいくつかあって「新人さんがどんどん入ってきてどんどん埋もれていく」感覚があったこと、そして「自分の売り方が王道すぎてそれがつまんないって途中で思っちゃって」という感覚。
他のジャンルの作品を見ているうちに「こういうのやってみたい」という気持ちが膨らんでいったそうです。
ただ転向後の実情は正直なところ「月に多くて13本とか、想像してなかったくらいしんどい」とのこと。それでもなぜ本気でやれているかといえば「脱いでるからだって思いました。脱いじゃったから売れるしかないですよね」と話しています。
覚悟の話としてはシンプルだと思うのですが この一言がなかなか重く、そして印象に残る。。
転向後は月刊FANZA 2025年下半期女優ランキングで2位(キカタン中1位)。同年末に業界関係者が選ぶ「セクシー女優ドラフト会議2025」でレミレミ・ニューワールド監督から1位指名を受け FLASHの年間ランキングでも5位に入っています。
2026年2月にはFANZAレンタルフロア月間女優ランキング1位も獲得しています。
「自分が一番AVに向き合っている」というブランディング
なぜ売れ続けているのか?について逢沢みゆちゃん自身がラジオ配信でかなり率直に語っています。
「ランキング1位を取れている理由は、自分が一番AVに向き合っているからだと思います」
大きなことを言っているように聞こえるかもしれませんが その根拠として話してくれた内容が面白くて 要約するとこんな感じです。
もともとAVは「死んでもやらない」と決めていた職業だったからやるからには絶対売れなければ恥という気持ちが強く「絶対売れる 自分ならできる」という自己暗示をかけ続けているとのこと。
そしてアイドル時代に大人たちに揉まれてきた経験から「人が何を求めているか」を表情で察知する能力が身についていて現場で求められる以上のものを返すことで監督や男優さんの間で口コミが広がっていったと分析しています。
また「売れている風を装うこと」を意識したブランディングも徹底していて、弱いところは見せない・ネガティブな発言はしない・毎朝7時に欠かさず投稿する。
「人気のある人に人は集まる」という考えのもとで一貫してその像を守り続けているそうです(Xへの力の入れ方も「業界の人が一番最初に調べるのはXだから」という理由があってのこと)。
完璧主義でもあって 自分の出演作は全部購入して「見て反省しないと何も進歩しない」と繰り返し見直しているとのこと。撮影中も横目でモニターを見て体の映り方を調整しているそうです(…器用すぎる)。
写真集は奄美大島の川で必死に踏ん張って生まれた
2024年10月に発売した1st写真集「相逢 sou-ai」(双葉社 撮影:富田恭透)は撮影地が鹿児島・奄美大島。
大雨警報が出ていたにもかかわらず現地に着いたら快晴だったそうで「雨女なんですけど良かった」とコメント。川での撮影は流れが強くて必死に踏ん張ったとのこと。自己採点は「120点」で撮影時にパソコンでチェックしながら「いい写真がいっぱい 収まりきらない数から厳選されています」と胸を張っていました。
「デビューしてから写真集を1年以内に出したい目標があったのですごく嬉しい。アイドル活動の写真集はグループで出したけどソロの写真集はありえない夢でした」という言葉が印象的でした。
その後、2025年3月には2nd写真集「me=you」(徳間書店)2026年1月には3rd写真集「Miyutopia」(彩文館出版 4000部限定)と継続的にリリースされています。
感覚を開けずに写真集を出し続けることも「売れている風」を保つための活動の一つだとラジオ配信で話していましたが、それを実際にやり続けているのはなかなかのことだと思います。
まとめ
逢沢みゆちゃんという人は、経歴だけ見てもかなり濃くて アイドル時代のブラック環境から炎上・保育士・コロナ禍の退職・そして「絶対やらない」と言っていたAV業界への転身という流れが全部本当に起きているわけです。
ただ、そのどれかが単純に彼女を売れさせているわけではなくて、経歴よりも「どんな仕事をするか」に一番重きを置いているのが伝わってくるのが面白いなと思います。
このプロフィール記事を読んでから作品を見ると、また印象が変わるかもしれません。