波多野結衣(はたの ゆい)AV女優

記事内に広告を含みます

「出演本数3000本超え」という数字だけでもかなりのインパクトなのですが それが「視聴可能な作品数として歴代女優のなかでナンバーワン」というところまで来ると もはや別次元になってきます。

でも波多野結衣ちゃんの話を調べていくと 意外と「そんな大物感がない」という発見があります。

グラビアアイドルになりたかった岡山の女の子が大阪の専門学校への通学路でたまたまスカウトされ、地元の友人にすぐバレて辞めようとして 気づいたら「世界のハタノ」になっていた。

そういうお話です。

目次

    波多野結衣プロフィール

    AV女優名 波多野結衣
    ふりがな はたのゆい
    愛称 はたちゃん・ゆいにゃん・『世界のハタノ』
    生年月日 1988年5月24日(37歳)
    血液型 A型
    出身 京都府
    身長とスリーサイズ 身長163cm
    バスト88cm (Eカップ) ウエスト59cm ヒップ85cm
    趣味 ゲーム・アニメ・マンガ・初音ミク・フィギュア収集・パチンコ・サウナ
    所属 ティーパワーズ 出演本数日本一の女優と初めましてドッキリ。古舘、実はファンだった?世界の波多野結衣のオマージュ作品。
    SNSなど関連リンク 𝕏 @hatano_yui @hatachan524 日本一出演女優が選び抜いた極上の3作品。13年の歴史は伊達じゃない!波多野結衣の忘らない作品。 波多野結衣 伝説のAV女優が台湾で「着衣の女神」になるまで 【波多野結衣ロングインタビュー第1弾】
    Weibo フォロワー約240万人超え

    出身地については少し複雑な経緯があります。公式プロフィールは長年「京都府出身」と表記されていたのですが 2019年頃からテレビ番組のなかで「実は岡山育ちです」と本人が公言するようになりました。生まれは京都で 学生時代を岡山県倉敷市で過ごしたという背景があります(隠していたというより そういう事情があったんだろうなという感じです)。

    グラビアアイドルになりたかった岡山の女の子が、なぜか3000本撮ることになった話

    波多野結衣ちゃんは高校生のころグラビアアイドルになりたいという夢を持っていました。

    岡山の倉敷市を出て大阪の専門学校に通いはじめた19歳のとき、学校への行き帰りの道でスカウトマンに声をかけられます。最初に提案されたのはキャバクラでした。接客が苦手で人見知りがあったため断ったそうですが(本人いわく「表裏がなくて意外と人見知りするタイプ」)その後AVのスカウト話が来て受け入れることになります。

    2008年6月にプレステージからデビュー。しかし地元の友人にすぐバレてしまい 辞めようという気持ちが強かった時期が続きます。

    それでも「作品を買ってくれた人への恩返しとして もう一年だけ頑張ってみよう」と思い 2012年にSNSとイベント活動を解禁。そうしたら名前が一気に広まりはじめ「もうちょっと頑張ってみようかな」→気づいたら引き返せなくなっていた、というのが大まかな流れです。

    辞めようとしていたら逆にやめられなくなった。

    最初から「トップを目指すぞ」という雰囲気の話ではないところが 結衣ちゃんのキャリアの面白いところな気がします。ファンや仕事関係者と接するうちに「楽しくてやめられなくなった」という感じで 家族が温かく応援してくれたことも続けてきた支えのひとつになっているようです。

    なお2009年10月にはプレステージの専属を離れ 企画単体女優として複数のメーカーと仕事をするスタイルに移行しています。

    監督のノリ一発で始まった台湾での「着衣の女神」への道

    「世界のハタノ」という呼び名の起点はかなりあっさりしていて、スゴテクというシリーズを撮った監督に「アジアの波多野って言ってみて」とノリで振られたのがきっかけだったそうです。本人も乗っかって言い続けていたら「アジア」がいつの間にか「世界」に昇格して業界全体に定着してしまいました(現場で用意される飲料水のペットボトルに「世界のハタノ」と書かれていたという話もあります)。

    では実際に台湾でなぜこれほど人気が出たのかというと 経緯がいくつか重なっています。

    ひとつは容貌の話で 台湾の女優・モデルであるリン・チーリン(林志玲)に似ているとネット上で話題になったことです。台湾メディアには「闇のリン・チーリン」などと言われていたそうですが(独特な褒め方ですよね)そこから注目が集まりはじめました。

    もうひとつは2011年の東日本大震災直後に起きた騒動で「波多野結衣が撮影中に津波で亡くなった」というデマが台湾のネット上で広まりました。本人はそのとき京都でラーメンを食べていてブログの更新を控えていたところコメント欄が「ご冥福をお祈りします」で埋まっていく状況に。慌ててブログを更新したら「生きてたー!」と台湾側が大盛り上がりになり 結果的に知名度が跳ね上がったというかなり不思議な経緯をたどっています(本人が一番びっくりしたんじゃないかという気もしますが..)。

    その後の台湾での活動は多岐にわたります。

    2013年には台湾全土のコンビニや書店で写真集が販売され、2014年にはスマホゲーム『神鬼幻想』のイメージキャラクターに就任。台北の三越前でサイン会イベントを行い 2015年には交通系ICカード「悠遊カード」のデザインに起用されます。

    この悠遊カードの件は台湾国内でかなりの議論を呼びました。
    「AV女優を公共交通のカードに使うべきでない」という批判が出る一方 結衣ちゃん本人は「着衣の写真ですし、善意のチャリティーに貢献できないのでしょうか。大好きな台湾の皆さんに恩返しができないのでしょうか」とコメントしています。
    この騒動はBBCニュースにも取り上げられました。そして結果としてそのカードは4時間18分で完売しました。

    翌2016年にはミネラルウォーター「ion水離子」のCMに出演し、2018年には香港のコメディ映画にVRで本人役として登場するなど 活動の幅はアジア全域に広がっています。

    なお台湾ではパパラッチに追いかけられた経験もあり、夜市に遊びに出かけたらホテル前に先回りされ写真を撮られたというエピソードも残っています(一緒にいたのがゲイバーのタクヤさんだったため「波多野が男と!」という騒ぎになったらしい)。

    点滴→撮影→点滴→撮影。ランキング1位を獲ったその年に何があったか

    DMM年間AV女優ランキングで1位を獲った2014年。その時期の舞台裏を本人が振り返っていて 読んでいるとなかなかしんどい日々だったことがわかります。

    撮影はほぼ毎日。
    疲労と睡眠不足が重なり風邪を繰り返し副鼻腔炎が悪化して顔に激痛が走るレベルまでいったそうです。医師に「一週間入院できますか」と言われたものの撮影があるため断り、毎日点滴を打ちながら現場に向かうという生活をしていました。

    なぜそこまでやったのかというと「いつ仕事がなくなるかわからない」という不安が当時は強くて仕事を断らないようにしていたからだといいます。

    点滴→撮影→点滴→撮影。そういう日々の積み重ねの上に1位という結果がありました。

    現在は月15〜20本ほどのペースに落ち着いていて 自分の時間も取れるようになってきたと語っています。仕事を続けてきた原動力として何度も出てくるのが「ファンの人と接すると楽しい」という話で そこが根っこにあるんだなという感じがします。

    出演本数が歴代最多(視聴可能な作品数として)の記録に達したことについては「誰にも越えられたくない。行けるところまで行ってみたい」とはっきり話していて 目標として「4000本」を掲げています(現状でもかなりすごい数字ですが まだ先を見ているところが結衣ちゃんらしいといえばそうかもしれません)。

    4日間不眠のロードムービーで鞄を忘れて号泣。それでも第1位を選んだ理由

    本人が「一生忘れることのできない作品」として挙げた3本を紹介します。

    第3位:「道化師の女」(ジョーカーパロディ)

    映画のジョーカーをオマージュした作品で 顔を白塗りにして髪を緑に染めるという本格的なビジュアルで臨みました。マネージャーも最初は失笑するほどの企画だったそうですが コスプレが好きな結衣ちゃんは前向きに取り組み、階段を踊りながら降りるシーンを本気でやりきったといいます。「映画みたいな雰囲気でちゃんと撮った」という言葉が印象に残りました。

    第2位:ハゲ頭になる作品

    「このハゲー!」で話題になった某議員さんのパロディ作品で、結衣ちゃんが議員役を演じ 怒った秘書役に髪を切られてハゲ頭になるという内容です。実際はウィッグと特殊メイクで再現したそうですが「人工ハゲと天然ハゲが2人同時に絡む絵面が強烈すぎた」と語っています。古舘伊知郎氏との対談でも真っ先にこの作品が挙がったくらい印象に刻まれている一本のようです。

    第1位:10周年記念作品(山口〜東京ロードムービー)

    山口県から東京まで車で移動しながら 道中のサービスエリアや立ち寄り先で自分の作品を手売りしていくという内容です。スタッフと4日間ほぼ不眠不休で高速道路を走り続ける強行軍で 疲労がピークに達したころ サービスエリアのトイレに自分のカバンをそのまま置き忘れて出発してしまったそうです。
    気づいてパニックになり泣きながら引き返したところ自動販売機の近くにカバンが無事ありました。中身も無事だった。
    でもそのときの「本当に泣いている映像」がそのまま作品のなかに残っています。演出ではなく本気で泣いている場面が記録されてしまったというエピソードで これが第1位に選ばれた理由のひとつかもしれません(ファンが手伝ってくれて作品を買ってくれたことへの感謝も 強く残っているようです)。

    ネズミ男パーカーでイベントに参戦した女が「世界のハタノ」だった話

    インタビューを読んでいくと 結衣ちゃんの素顔がにじみ出るエピソードがたくさん出てきます。

    私服がダサい問題

    2ちゃんねるに「波多野の私服は本当にダサい年齢考えろよ」と書かれてPC前で固まったという話があります。本人は「庶民的にしているほうがファンが親しみやすいから」と説明していますがマネージャーさんに間髪入れず「嘘つけ」と言われています。
    ニコちゃんマークのパーカーでイベントに行ったら参加者から「ネズミ男」と呼ばれたというエピソードもあって もはや一周まわってそれがキャラとして確立している感じです。
    洋服の購入場所は渋谷109から新宿ルミネに進化していて 本人は「一歩大人に近づきました」と言っています(その感覚がすでに独特な気もしますが..)。

    愛車はトヨタのbB(ベンチシート仕様)

    愛車のbBには足元がレインボーに光るカスタムが入っていて ベンチシート周辺も音楽に合わせて色が変わる仕様です。
    本人は「オシャレですよねベンチシート!」と自信満々に語っていたのですが インタビュアーに「売り場の担当者が『ベンチシートでやる人はほとんどいない』と言っていた」と返されて若干焦っていました。
    そのbBでドンキホーテに行きクロックスを履いて過ごす。それが結衣ちゃんのオフの姿です。

    ゲームとアニメと初音ミク

    ゲームはSwitchをよく遊んでいて一番ハマった作品はPS1の「MOON」だそうです。
    オークションで探してまで入手したとのことで 何回やっても楽しいと感じるほどのお気に入りとのこと。
    アニメはコードギアスや東京グールのような「人が死ぬ系・ダーク系」が好みで大槻ひびきちゃんとは「私は転生系が好きだけどひびやんはバッドエンド系が好き」という感じで好みが微妙に違うと話していました。

    初音ミクのガチファンで ライブには全身ミクカラーのコーデで参加するほどだそうです。T♡Projectのユニットカラーが緑なのも「ミクの色だから好き」という気持ちが含まれているといいます(好きなものが仕事につながっているのはいい感じだと思います)。

    他にはパチンコが好き(勝ったときが一番「ついてる!」と感じると答えていました)。サウナにはまっていて「脳天から駆け巡るような気持ちよさで 上のほうからふわーっと来る」と表現しています。
    料理は肉じゃがと豆腐ハンバーグが得意で 好きな食べ物はとんこつラーメンと焼き肉です。お酒はハイボールか鍛高譚をお湯割りにして梅干しを入れたものが気に入っているそうです。

    怒ったときは岡山弁が出てきて「じゃけえゆうとろうが!」みたいになると本人が教えてくれています(それはそれでちょっと見てみたい気はしますが..)。

    まとめ

    「波多野結衣は、波多野結衣のまま。これからも応援してください」

    FRIDAYデジタルのインタビューの末尾で本人がこう話していた言葉が 何度か読んでいるうちに妙にしっくりくる感じがしてきます。

    デビューのきっかけはグラビアアイドルの夢からのスカウトで 辞めようとしていたら逆にやめられなくなり 監督のノリに乗ったら「世界のハタノ」として定着した。台湾では着衣でも大人気でCMに出て ICカードが4時間18分で完売する一方 オフはbBでドンキに行きクロックスを履いている。

    すごいキャリアと素顔の等身大さが自然に同居しているのが 結衣ちゃんの話を読んで伝わってくるものかもしれません。

    3000本を超えて 次の目標は4000本。
    波多野結衣ちゃんのストーリーはこれからもまだまだ続きます。

    WEB SERVICE BY FANZA