金松季歩(かねまつ きほ)AV女優

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元グラビアアイドル・金子智美として長年活動し2023年に引退。翌年「金松季歩」に改名してセクシー女優として復帰したきほちゃんのプロフィールをまとめました。

34歳でのデビューという事実だけ見ると「遅咲きだな」と思うかもしれないんですが(遅咲きというか周回遅れというか..)実際に経歴を追っていくと、ここに至るまでの遠回りが全部この仕事に繋がっていたんじゃないかという気がしてきます。

目次

    金松季歩プロフィール

    AV女優名 金松季歩
    ふりがな かねまつきほ
    旧芸名 金子さとみ/金子智美(かねこ さとみ)
    生年月日 1989年12月22日(36歳)
    出身地 愛知県
    身長とスリーサイズ 身長160cm
    バスト87cm (Fカップ) ウエスト58cm ヒップ86cm
    所属 Bstar S1 NO.1 STYLE(エスワン)専属
    SNSなど関連リンク 𝕏 @kiho_kanematsu @kiho_kanematsu きほちゃんねる 街録ch AKB卒業生→●Vへ斡旋する闇ブローカーと…/●首晒すVシネ出るも売れず…/グラビアからM●TEKIデビュー/●Vに見出した自分の居場所
    ファンネーム きゃねらー(ファンマーク 👸💋)
    その他 元AKB48研究生

    愛知の女の子は最初から「脱ぐ人」になるつもりなんかなかった

    金松季歩ちゃんの出発点は愛知県豊橋市です。

    小学校の学芸会で主役を演じたことをきっかけに演技の面白さに目覚めて高学年からはダンススクールやタレント養成所に通い始めたというのが芸能への入り口です。目指していたのはあくまで「女優」。グラビアでもなく脱ぐ仕事でもなく普通に芝居ができる役者になりたかったというのが出発点で、後の展開を知ったうえで読み返すとちょっとしみじみするものがあります(しみじみするのは筆者だけかもしれませんが..)

    17歳で東京へ。でも「AKBの研究生って何?」という時代

    役者の道を目指して愛知から上京してオーディションを受け続けていたある時期、前田敦子さんがドラマや映画で活躍しているのを見て「アイドルから女優へという道もあるな」と考えたのがAKB挑戦のきっかけだったそうです。

    2007年、AKB48の第一回研究生(4期生)オーディションに合格。同期には大家志津香ちゃんがいます。合格後は通信制高校に転校して東京での生活をスタートしましたが、当時はまだ「AKBの研究生って何?」という時代で仕事は何もない状態でした。結局合格から半年ほどで活動を辞退することになります。

    その後AKBが爆発的な人気を誇るグループになっていくのを見ながら「残っていたら良かったかも」と後悔した時期もあったと話していて、そりゃそうだよなという感じです(そりゃそうだよな)

    Vシネ現場で気づいてしまった。自分が「脱ぐ担当」だということ

    AKB辞退後も東京に残って演技のレッスンとオーディションを続けた結果、なんとかVシネマに出演できるようになります。19歳のことです。

    ただそこで問題が起きました。Vシネマで肌を見せるシーンがあったことで、以降は「脱げる子」として認識されてしまい、オファーが来るのは似たような役どころばかりになっていったんです。脱がない仕事のオーディションはなかなか通らず「脱ぐ仕事だけなんだ私」という感覚になっていったとのこと。役者を目指して上京したのに気づいたらお色気担当に固定化されていたというのはなかなかつらい話だと思います。

    そしてこの時期に関わった芸能関係者に「グラビアやってみない?」と声をかけられ連れていかれた先がAVメーカーだったという出来事があります。
    きほちゃんが21歳の頃のことです。
    アンケート用紙に書かれた内容で瞬時に「これはグラビアではない」と察して断ったものの、その後の電話口での恫喝はかなり怖いものだったと振り返っています。さらっと書きましたが相手から肉体関係も求められていたことも後年のインタビューで明かされています。
    きほちゃん自身が「ちょっと洗脳されていた」と当時を振り返っているエピソードで、2024年に街録chへ出演した際に赤裸々に語り大きな話題となりました。

    この出来事をきっかけにいったん芸能界から距離を置き、約2年ほどフリーターとして生活したといいます。

    8年半かけて限界まで攻めた結果....仕事がなくなった

    フリーター期間を経て芸能界に戻り、2014年頃にグラビアアイドルへ本格転向します。「金子智美」名義でのグラビア活動がここから始まります。

    当初は「少しアイスを舐める」「バランスボールに座って跳ねる」くらいのイメージDVDからスタートしたそうですが、作品を出すごとに少しずつ露出が増えていき「もっと攻めた作品を撮りたい」という気持ちも育っていったとのこと。2017年にはミスアクション2017前期グランプリを獲得し、同年のゴッドタン「腐りグラドルグランプリ」ではグランプリに輝くなど(このグランプリ名よ..)それなりの実績も積み上げていきました。

    ただ「18禁グラドル」というポジションが固定化したことで今度は逆の問題が起きます。エロいイメージが浸透しすぎた結果、一般グラビアの仕事オファーが来なくなってしまったんです。8年半もキャリアを積んだ人間に今さら新人のような仕事もできないし仕事の幅はどんどん狭まっていくという状況になり、2023年6月に引退式まで開いて芸能界に区切りをつけました。

    退屈な通勤電車が背中を押した

    引退後はいわゆる普通の社会人として生活を送っていましたが、毎日同じ時間に家を出て同じ時間に帰ってくる日々がどうしても物足りなかったと話しています。

    そこで友人のカメラマンやヘアメイクを頼んでスタジオを借り、趣味として水着や下着のグラビア撮影を続けていたら「やっぱり自分はこっちの道が向いている」という感覚を再確認することになります(退屈な会社員生活を経てそうなるのはまあそうなりますよね..)

    グラビアとして表舞台に戻るのは引退した手前難しいと感じていた中で思い出したのが、グラドル時代にオファーがあったMUTEKIのことでした。「あの話は本物だったのかな?」と自ら連絡してみたところ本物のMUTEKIでした。

    「やってて良かった8年半」に変えてくれた一言

    MUTEKIとの面談できほちゃんがまずしたのは自分のウィークポイントを一つずつ正直に話すことだったそうです。「もう34歳ですが大丈夫ですか」「自分の経歴に全く自信がないんです」という具合に。

    それに対してMUTEKIの担当者から返ってきた言葉が「普通の34歳だったら声をかけていない。しっかり経歴のある34歳だから年齢は全くマイナスにならない」というものでした。短所を一つ話すごとに良い言葉を何十個も返してもらったことで「自信が持てなかった8年半が、やってて良かった8年半に変わった気がした」とインタビューで語っています。

    面談の帰り道には既に出演を決めていたとのこと。「たくさん悩んで決めてください」と言われていたにもかかわらずです(悩む前に結論が出ていたやつ)

    MUTEKIでのデビュー作「18Gold」は「18禁」と名前の「金」を掛け合わせたタイトルで、発売後はFANZA動画の月間ランキングを2ヶ月連続で制するヒット作になりました。その後エスワン専属に移籍し、現在も精力的に活動を続けています。

    「金松季歩」という名前がすでに野心だった

    改名した芸名には本人のこだわりがたっぷり詰まっています。

    「金松」という苗字は「金銀銅」の金と「松竹梅」の松を組み合わせたもので、どちらも序列の一番を表す字を選んだんだそうです。旧姓「金子」の「金」も残しつつ二重の意味でトップを目指すという宣言みたいな名前な気がします。さらに「季」の字の中に「子」が含まれていて「金子」が隠れているという遊び心まであります。「季歩」の部分は2文字の名前への憧れと姓名判断から決めたとのこと。

    デビュー作のパッケージには文字に金の透かしが入れてもらったそうで、MUTEKIの粋な演出だなと思います。

    まとめ

    きほちゃんの半生をざっと追ってみると、役者志望→AKB研究生→Vシネマ→フリーター→グラビア8年半→引退→一般社会人→MUTEKIデビュー→エスワン専属という経歴で「寄り道というか迷走というか」と言いたくなるかもしれないんですが、ご本人のインタビューを読む限り意外とそう捉えていない気がします。

    「グラドル時代の経験が全てAVで役に立ったので今までの8年半が無駄じゃなかったと思いました」という発言があって、あの遠回りだらけの道のりも結果的には全部ここに繋がっていたんじゃないかというのは結構好きな考え方です。自分の天職を見つけたと言い切れる人は強いなと思います。

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