紗倉まな・さくら まな
Xのプロフィールに「えろ屋(現役)15年目」と書いてある人が小説を書いて映画化もされている。なんかこう「それって本当に同一人物ですか?」みたいな感じがするけど...紗倉まなちゃんはとはそういう人です。
セクシー女優でもなく、AV女優でもなく、自分でつけた肩書きは「エロ屋」。
なんというか、その一言で「他の人とは違う角度で自分の仕事と向き合ってきたんだな」というのが伝わってきます。
今回はそんなまなちゃんについて公開されているエピソードや発言をもとにまとめてみました。作品情報というよりは「人となり」寄りの記事になりますが。そういう人なので。
紗倉まなプロフィール
| AV女優名 | 紗倉まな |
|---|---|
| ふりがな | さくらまな |
| 生年月日 | 1993年3月23日(33歳) |
| 血液型 | B型 |
| 出身 | 千葉県 |
| 身長とスリーサイズ |
身長160cm
バスト89cm (Fカップ) ウエスト58cm ヒップ89cm |
| 趣味 | 工場ウォッチング、測量、英語、ドイツ語 |
| SNSなど関連リンク | @sakuramanaTeee @sakuramanateee 紗倉まな 2nd✌️【公式です!】 @sakura_mana_ note 紗倉まな 【予告】最低。 街録ch〜紗倉まな/高専在学中A⚫︎デビューも周りから「頭おかしい」自主退学迫られ… |
普通のレールを蹴飛ばした話:高専からエロ屋へ
紗倉まなちゃんのキャリアを語るとき、まずここから入らないといけない気がします。
出身は工業高等専門学校。技術者を目指す学生が通う学校で普通に卒業すればそれなりに手堅いキャリアが待っていた場所です。なぜ高専を選んだかというと、それまでいた女子校の「なんとなく息苦しい空気」から離れたかったからだとか(わかる気がする)。
高専4年生のとき、
自分で事務所に連絡を取ってデビューを決めました。周囲からは「え、頭おかしい?」という空気が漂っていたらしいのですが、まなちゃん本人は「こういう女性になりたい」という気持ちが先にあって動いていたのでネガティブなイメージ自体をそもそもあまり持っていなかったようです。他人の常識と自分の常識が全然違う....ということに後から気づいたというのが面白い。
デビューが学校側にバレたとき、待っていたのはなかなか強烈な対応でした。学校側は自主退学を求めながら「従わなければこれまでの4年間の在籍記録も単位も全部消す」と通告してきたというエピソードがあります(教育機関として本当にそれでいいのかという気持ちは置いておいて)。
本人はこれを感情的に受け止めるのではなく「自分の選択に伴うツケが回ってきただけ」と冷静に受け止め履歴を守るために自主退学を選びました。この時点でもう普通の感覚じゃないというか.....覚悟の据わり方がちょっと違う訳です。
キツかった仕事ランキング(非公式)
まなちゃんが自身のYouTubeチャンネルで日本酒を飲みながら語った「キツかった仕事」のエピソードがかなりおもしろいので3位から順番に。
第3位:生放送で「国連についてどう思いますか?」
レギュラーを務めているAbema Primeに初めて呼ばれたときの話。番組の自由な空気に安心していたら台本にない質問が急に飛んできたとのこと。
「国連についてどうお考えですか?」
当時は時事問題にあまり詳しくなかったまなちゃん、頭が真っ白になりながらも小手先でなんとかやり過ごしたそうです。
この経験がきっかけで「ちゃんと自分の言葉で話せるようにならないといけない」と感じたといいます。今のまなちゃんのインタビューやコラムが充実しているのはこのあたりの経緯があるのかもしれません(あくまで推測ですが)。
第2位:真冬の沖縄、氷のような川に30分
グラビア撮影でのエピソード。沖縄とはいえ長袖が必要なほど冷え込む季節に冷たい川での撮影を30分強いられたというもの。体が限界を超えているのに用意されたシャワーはお湯なし。そんな状態で必死に乗り切ったにもかかわらず、カメラマンから
「全然笑えてない!被写体として成立してない」
と言われたというエピソードです。
後になって「そんな現場普通はないよ」と周囲に認めてもらえたことで、ようやく「自分の感覚は正しかった」と気づけたそう。
第1位:山奥で24時間、ノンストップ撮影
1位はダントツでこれ。山奥でのバスツアー企画で朝6時スタートが天候不良で撮影できないまま翌朝6時まで延びた、という内容。
コンビニも逃げ場もない山の中で不眠不休の24時間。やっとか、と思ったら翌日のスタッフが寝坊。そこまで壮絶な話なんですが、まなちゃんが「一番キツかった」と言う理由はそこじゃないんですよね。
「どれだけ頑張ってもそれが数字に結びつくとは限らない」ということをこの作品で突きつけられたことが、本当につらかった点だったと語っています。努力と結果が直結しないというのは仕事をしていれば誰でも経験することですが、極限状態で身をもって学ぶのはなかなかしんどい。
小説家・紗倉まなの話
本業はこっちじゃないか と思ってしまうくらい文筆活動が充実しています。
2015年に出版したエッセイ「高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職」では自身のキャリアを振り返り、翌2016年には初の小説「最低。」でデビュー。
この小説は映画化もされています(主演は別の方ですが、実質まなちゃん自身の話をベースにした内容)。
映画の予告動画へのリンクが👆のプロフィール内にあります。
2020年出版の「春、死なん」では高齢者の孤独や性をテーマにしていて、女優活動とは全く違う文脈で評価を受けました。スカパー!アダルト放送大賞では史上初の三冠も達成しています。
本人いわく、書くことの原点は日々の生活で感じた「悪口や鬱憤」だったとのこと。それを物語として昇華させていく作業が自分の書き続ける動力になっていると語っています(かなり正直な出発点だと思いますが、そこが面白い)。
「一生AV女優」という宣言をしているのも実は計算された発言で、周囲から「次の出口は?」「いつ辞めるの?」という問いを封じるための防御線として意図的に使っているとのこと。
自分のキャリアに対してここまで俯瞰した視点を持ち続けているのは、ちょっと面白い人だと思います。
孤独とか承認欲求とかの話
まなちゃんのインタビューやエッセイには「孤独」というテーマが繰り返し出てきます。
ファンイベントで年配のファンと話すとき「年齢が違っても感じている寂しさの本質は同じだな」と思うことが多いと語っていて、孤独を世代や立場で区切らずに受け取れる感覚が文筆にも活きているんじゃないかという気がします。
承認欲求については「宛先の問題」という話をしていて、不特定多数に向けて承認を求め続けると心が疲弊するだけで、大切な人にだけ自分の本音を届けていくほうが自分にとって持続可能だという結論に至ったとのこと。
これはSNSで消耗しているすべての人に刺さる話かもしれません(他人事じゃないな、とちょっと思いました)。
「女という着ぐるみを脱ぎかけている」という言葉も有名で、他人からの評価に合わせて自分を「テンプレート化」してきたことへの違和感をそう表現しています。
自分の直感やときめきを基準に自分を作り直したい、というのが今の立ち位置だとのこと(深い)。
お母さんと親友の話
テレビ東京の番組「同級生、のちセクシー女優」に、まなちゃんの母親と高専時代の親友が出演したエピソードがあります。番組を通じて初めて2人の言葉をちゃんと聞いたまなちゃん、「全部が納得のいくことだった」と語っています。
母親も親友も、反応のスタイルは「見守り型」で一致していたそうです。すぐに賛成したわけでも応援したわけでもなく、静かに時間をかけて受け入れてくれた人たちだったと。まなちゃん本人は「自分から歩み寄る努力はあまりしてこなかった」と振り返りつつ「実際はそんなに簡単なことではなかった」と今になって気づいたとも話しています。
デビューが知れ渡ったとき、知人から「バーベキューに来ないで」と言われたというエピソードも語っていて、そんな状況のなかで見捨てず寄り添いすぎず見守り続けてくれた人の存在が「かけがえなかった」という言葉は、なんというか、ちゃんと刺さります(いや刺さりました)。
えろ屋と名乗って15年以上キャリアを続けながら、小説を書いて映画化もされている。そういう人です。
作品はFANZAなどの商品ページで確認してもらうとして、まなちゃんの発言や文章を追っていくのも普通に面白いので「どんな人か気になった」くらいの人にはインタビューやエッセイもオススメできます。
一読の価値があると思います。